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組織の深層心理:ビジネスに役立つプロセスワーク、6つの視点第4回:管理職としての自分を知る〜パワーの取り扱い説明書2016年3月22日

2016年03月22日 佐野浩子[一般社団法人 日本プロセスワークセンター 代表理事/CEO

第4回:管理職としての自分を知る〜パワーの取り扱い説明書

3月18日〜21日にかけて、米国ポートランドにあるプロセスワーク研究所元所長であるスティーブン・スクートボーダー博士が来日しておりました。企業の変革を、プロセスワークがどのようにサポートできるかということについて取り組み続けて、11年もの長きに渡り来日しているスティーブン。今回は日系企業における日本文化とグローバリズムの葛藤を、グループワークを通して体験的に深める手法を用いました。(とても面白かったです!)今回はこのセミナーの中から、「ランク」の話についてご紹介していきたいと思います。

<プロセスワークにおけるパワーとランク>

 

スティーブン博士と同じくプロセスワーク研究所教員であるジュリー・ダイアモンド博士の最新刊『Power A User’s Guide』(Berry Song Press,2016)では、力を次のように定義しています。

「力(パワー)とは環境にインパクトや影響を与えることができる能力」(P.3)

もうすでに数十年前のことですが、Aさんという50代の女性が私の上司として職場に異動してきた時のことです。彼女は非常勤の専門職として働いていた私の直接的な上司であり、連携して仕事をすすめていかなければならない立場でした。Aさんは出世街道をいくエリートで、同僚や部下に対する好き嫌いがはっきりしている人でした。彼女といると、彼女の自信たっぷりな態度を目の前にして、リラックスできなかったり、ものが言いにくくなったり、「自分ってダメだな」と落ちこむようなことがたびたびありました。普段の自分ではいられなくなっていたのです。もちろん、社会的な役職が私を恐れさせている部分もありましたが、以前の上司に対してこのような反応は起きませんでした。

持っているパワーの高低の差をプロセスワークでは「ランク」という言葉で表現します。相対的なもので、誰といるのか、どのようなグループによるのかによって自らのランクは変動します。あくまでランクは相対的なものなので、自分の方がランクが高ければ、よりリラックスし自由に振る舞えます。自分の方がランクが低ければ、リラックスできなかったり物が言いにくかったりします。

どうしてそうしたことが起きるのでしょうか? プロセスワークではこれを「投影」(自分の(自分のアイデンティティに合わない性質を切り離して相手に映し出すという心的防衛機制のひとつ)から説明しています。本来は自分の中にある「力」に同一化できずに、自分から切り離して相手に映し出していると捉えるのです。そして投影を続けていると、いつの間にか自分の中にこの心理的な仕組みを内在化させてしまい、自分で自分のことをちぢこまらせてしまうのです。プロセスワークでは、この状態を「internalized depression(内在化されたうつ)」と呼んでいます。 Aさんと私の関係においては、私はAさんに、自分の中の何かを映し出して(投影)いました。何を映し出しているのか、少し自分の心の中を探ってみると、私が見ていたのは「はっきりと自分の好悪を示して好きに生きていく」という、彼女のあり様でした。Aさんの「嫌われてもいい、自分を大切にする」という生き方は、それまでの私にはないものでした。プロセスワーク的な観点からいえば、私は「嫌われてもいい、自分を大切にする」という生き方ができる力を持ちながらも、そう生きてはおらず、ただ自分から切り離してAさんに投影していたのです。

ランクというのは、社会的な役職や地位に関わることだけではありません。プロセスワークでは、ランクを代表的な4つの種類に分けて考えています。

  • ・社会的ランク:社会的な地位や役職、経済的状況など現実世界における役割でもたらされるパワー。組織のポジションやジェンダー、年齢、宗教、健康、人種、性的志向、容姿など。
  • ・心理的ランク:「I’m OK」と思えることで生じる心理的な安定感や安心感からもたらされるパワー。
  • ・モラルランク:道徳的に正しく生きているという感覚からもたらされるパワー。自分が正しいと思うことをしていると、周囲から迫害を受けても自分を保てる。
  • ・スピリチュアルランク:苦難を乗り越えてきた人が持つ慈悲の心や大いなるものに委ねるパワー。
  • ・文脈ランク:その場にある暗黙ルールや文脈を理解していることからくるパワー

「ランク」はいわば「ものさし」のようなものです。相手との関係のなかで、どんな種類の力があるのか、その種類と力の差をものさしで見つめることによって、それを自覚し、使っていくためのものなのです。

<パワーの乱用>

 

人間関係がうまくいかない時、その背後にはランクの問題が潜んでいることが多いのです。特にパワーを相手に対して適切に使わずに「乱用」し、虐待的になってしまう時は大きな問題となります。 1971年にスタンフォード大学の心理学者フィリップ・ジンバルドーが「監獄実験」と呼ばれる心理学の実験を行いました。新聞などで募集した被験者を、無作為に囚人役と看守役に分け、監獄のような設備を作ってそれぞれの役割を演じてもらったところ、看守役は何の指示を受けていないにもかかわらず囚人役に対して非人道的な行動を行いました。そして、その非人道的な行為は時間とともにエスカレートしていき、ついに看守役は暴力を振るい始めたのです。ジンバルドーは暴力行為を止めるどころか実験を継続し、外部からの介入によって実験はようやく中止されました。高い地位や権力を与えられた看守役は、その力を「乱用」し、実験を企画・実行していたジンバルドーは、自分が持っている「実験を行うという権力」を止めることができなくなってしまっていたのです。

実験に参加した人たちはごくごく普通の人たちで、性格に特徴的な傾向が見られたわけではありません。その場において高い地位にあった看守役という「ロール」(役割)を演じはじめると、途端にロールに対する社会の期待や要請に基づいた行動を取り、そのロールがもつパワーを使い始めます。社会的ランクが高い看守は、社会的ランクが低い囚人役のことが全く見えなくなってしまいます。監獄実験のエピソードは、いかに普通の人間がパワーを使うことに我を失い、その力を簡単に乱用してしまえるかを恐ろしいほど示していると思います。

あなたが管理職だとすると、あなたはすでに社会的な地位があり、部下に対して社会的なパワーを持っているといえます。あなたがどんなにパワーを嫌おうとも、パワーを持ちたくなくとも、すでになんらかの形であなたはパワーを持っています。持っているパワーを使わなくても、使っても、相手に影響を与えてしまいます(例えば、部下を指導する立場にある人が、その力を放棄して何もしなければ、周囲の人はイライラしたりするでしょう)。 監獄実験は極端な例かもしれませんが、誰かとの関係がうまくいかない時、たいてい関係の背後にランクの問題が存在します。ランク概念は、関係性のつまづきの中で何が起きているのかを紐解くための、道具箱のようなものです。私たちが相手との関係の中でどのようなパワーを持っているか、またパワーをどう乱用してしまっているかを自覚することで、関係性は変化しうるのです。

<ランクの差がもたらす「internalized depression(内在化されたうつ)を自覚する>

 

さて、Aさんと私の関係の例を振り返ってみましょう。私はAさんに対して「嫌われるのではないか、職を奪われるのではないか」という不安をかすかに感じていました。社会的役職上のランクはAさんの方が完全に上で、社会的なランクが低い私は、Aさんに対してちぢこまるしかなかったのです。ちぢこまりを解消するためには、Aさんに自分の社会的なランク(役職)のパワーが、私に与える影響について、自覚的になってもらうということが必要です。もしプロセスワーク・ファシリテーターだったら、Aさんにそのランクを自覚してもらうよう働きかけたでしょう。

また、Aさんと私の関係性に存在するもう一つの社会的なランク、私が「心理の専門家である」という高い社会的なランクも、彼女と私との間に影響を及ぼしていました。私が持っていた専門家としての社会的ランクは、私自身が考えていたよりも、Aさんにとっては脅威だったようです。後にAさんとの関係が変わり、お互いに関係がぎくしゃくしていた頃を振り返っていた時に、Aさんから「あなたから私がどんなふうに見えているのか、とても怖かった」と言われました。その意味では、私は心理の専門家としての社会的な立場をもう少し自覚する必要があったと言えるでしょう。

さらに「心理的ランク」についても、Aさんと私との間に差がありました。Aさんの「嫌われてもいい、自分を大切にする」という姿勢は、私にとって羨ましいものでした。他人から嫌われようとも、自分で自分のことを引き受けるAさんの心理的ランクは、他人の評価を気にしてしまう私と比べ、高かったといえます。プロセスワークでは、そんな時に少しだけ「Aさんになってみる」ことで、Aさんの要素を自分の中に取り込みます。そうしてAさんに投影していた力…心理的な力、「人に嫌われでも自分は自分の好きに生きる」という要素を自分の中に取り戻すのです。そうすることで、私は「今まで思っていた私」(1次プロセス)から、ほんの少しだけ私を広げて、私の「嫌われてもいい、自分を大切にする」という側面(2次プロセス)を生きられるようになるのです。

パワハラやモラハラ、いじめなどはすべてパワーとランクに関わる問題です。もし私たちが自分の持つパワーを自覚し、使い方を知っていれば、私たちの世界はもっと理解に満ちた平和なものになるでしょう。自分のパワーを自覚して生かすことそのものが、世界平和に貢献することなのかもしれませんね。

※バックナンバー「組織の深層心理:ビジネスに役立つプロセスワーク、6つの視点」

・第1回:プロセスワークから考える組織の成長
・第2回:個人の成長と組織の変容
・第3回:深層を流れる物語?「ロール理論」からみる組織の成長
・第4回:管理職としての自分を知る?パワーの取り扱い説明書
・第5回:深層を流れる物語?セブンイレブンジャパン社長交代とプロセスワーク流リーダー
・第6回:三菱自動車におけるデータ偽装?プロセスワークから見た隠蔽

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組織開発の基本 第2章プロセスワーク理論 第1節

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