プロセスワークを活用した組織開発とコーチング ~バランスト・グロース・コンサルティング

<セミナーレポート>新春セミナー【経営者が望む人事の未来】前編2021年3月3日

2021年1月30日にオンラインにて「新春セミナー【経営者が望む人事の未来】」を開催しました。セミナーでは国内大手財閥系メーカーの専務及び事業部門トップとして複数の事業を経営してきた山脇昇氏に、戦略実行・組織変革実行のパートナーとしての人事部について弊社代表の松田がお聞きしました。本コラムではその概要を前後編に分けてお送りします。

松田より
日本の大企業では事業トップの任期は「長くて5年」と言われる中、当然短期の成果を求められます。そのようなプレッシャーの中でも、人と組織に投資していく必要があります。そうでなければ、組織は“明日の飯より今日の飯”とどんどん視野狭窄が進み、“顧客思考”という皮を被った顧客に隷属する物売り主義に陥ってしまうでしょう。

それに加え、自分で考えない社員が増え、組織全体が何か問題があると他者や他部門のせいにばかりする「内向き思考」が進行してしまう場合もあります。そんな状態では、短期・中長期の事業成果に向かって真剣に議論し、協力し合う組織になることはできず、会社の未来の可能性は萎んでいってしまいます。

本セミナーのゲストスピーカーの山脇氏は事業軸と人・組織軸、短期と中長期のバランスを上手に取りながら本物の変化を起こしていける稀有な経営者のお一人で、「この人のためならフルスイングしよう!」と心底思えたお方です。
本セミナーでは、組織変革を意図する経営者の右腕として、人事部、人事パーソンに本当はどこまでやって欲しいのか、その期待についてセミナーで伺いました。

その概要を前編・後編の2回に分けてコラムでお伝えしていきます。

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変革の準備期に人事へ期待すること

松田経営者の戦略実行のビジネスパートナーとしての人事への期待について伺います。事業トップになって行うことが色々あるかと思いますが、準備期、実行期に分けて伺っていきたいと思います。
まずは準備期についてです。経営者は事業トップに着任するときに何からどのように変革の準備を始めるのか?そのときに人事が貢献できることは何かについて、伺わせてください。

山脇氏事業のトップになる場合は、大きく分けて2パターンあります。自分が長年所属してきた、勝手知ったる事業のトップになる場合と、これまで担当してきた事業とは別事業のトップになる場合です。これからお話するのは後者のケースです。
まずは三年後の売上の大きさ、海外展開ならどこに出るか・買収するかなど、売上の次の壁―例えば、現状の売上が100億なら200億円を目指すにあたり想定される壁―は何かを考えます。

その壁を突破するための戦略を立てる要素として
・どこに、あるいは誰に(地域・顧客)
・ 何を(製品・開発戦略)
・ どのように(価格あるいは既存品で行けるのか、新規製品で行くのか)
・ この事業部風土・歴史の特徴は何か?
のアウトラインをまず考えます。そのアウトラインの中に、どんな情報を埋め込めばいいかを考え、情報を営業・製造・研究のキーマンに訊ねて戦略のパズルを完成させていきます。

知りたいのは事業部門の歴史や事業部風土、キーマンとその人となり

こういう作業をする際に、本当なら人事部に、この事業部門の歴史や事業部風土、そしてキーマンとなる人物を感覚的に教えてもらいたいところです。私の場合はその支援が得られなかったので、誰と誰の関係を見ていけば事業部風土が分かるのか?を考えました。営業、開発などのキーマン(最初は役職で判断するしかなかった)に謙虚に話を聞いた。個別ヒアリングで「話を聴くぞ」というスタンスだと相手が身構えるので、定例会議中や前後にやや意地悪な質問して「どう反応するか」を観察していきました。

その際は「このキーマンは何をしようとしているか?何をしたいと思っているか?(この人から芽が出てくるのか?)誰と組めばできるというアイデアを持っているか?」という視点でチェックしました。「この事業部の大きな課題」を考えているか?また、「将来に目が向いているか?」「現状の課題克服への問題意識があるか?」という視点で真のキーマンが誰なのかを見定めていきます。

このときに、もし人事部から、この事業部の組織風土について「人が育つ風土か?年功序列型なのか?強圧的なのか?個人がバラバラなのか?」であったり、キーマン個人についても「組織の中でどう育ち方をしてきたのか?上や下の評判はどうか?人事はポテンシャルをどう見ているか?」についての情報を貰えていたら、キーマンから聴き出す内容とマッチさせながら人・組織を分析することができたと思うし、そのキーマンの資質と伸ばし方も考えやすかったでしょう。

実際には、紙での経歴情報は全部もらいましたが、私が欲しかった情報はありませんでした。そうなると、1ヶ月、3ヶ月間は何もできない時間のロスが生じます。キーマンへの質問のレベル感も分かりません。結局、戦略を立てるまでに時間がかかってしまいます。欲を言えば、キーマンがどんな教育を受けて、その人が何を考えたか。更にはリーダーシップアセスメントの情報までわかるとうれしかったですね。人事部も個人情報としてのガードが固く難しいとは思いますが。

もう1つキーマンに関して重要な診断情報は、「キーマンが部下をどうしたいのか? 部下の特徴をどう捉えていて、どう育成しようと思っているか?」です。その人のいわば“育成感度”についても必ず確認します。例えば、部下が出してきた資料を見たときに、どうフィードバックするかなども。私の経験では、部下に冷たい人は偉くなると暴君化しやすい傾向があると感じています。こういう“人に関する感度”を事業トップが持つのは、とても重要と思います。

部門間関係の質を上げるために

次に見ていくのは製・販・開の部門間関係性です。みな同じベクトルを見ているのか?誰かの言いなりになってはいないのか?営業には営業の理屈があり、製造には製造の理屈がある。それでもなお部門間の協力・連帯は日常的に建設的な議論の上で行動する風土になっているのか?「誰か上の人が調整してください」だけでは困ります。経営者が一方的に調整する文化を作ってしまうと誰も考えなくなるからです。

そこで私は、営業、開発、製造のキーマンが方向性を合わせて部門間の関係の質を上げていくことを考えました。ここでいう方向性とは、部門の理屈ではなく統合した理屈を言います。ここも事業トップが最初から示し過ぎるとかえってバラバラになってしまう可能性があるため、統合するために何が阻害になっているのかを各部門のキーマンを集めて話し合ってもらうことが重要と考えました。

とはいえ、部門間葛藤の解消は非常に難しいと感じました。統合しなければならないという義務感の理屈は理解できても、感情・気持ちがついていかない。この気持ちの部分を納得感ある形で繋げていくためには、何をすればいいか?が次に悩んだところです。

製・販・開のトップの間をどうすればいいかについて、私からアイデアを出しました。プロジェクトを一緒にやることで、皆で集まる機会をつくることが一番だと思い「部門横断プロジェクト」をやったりもしました。今ならB G C社の松田さんに声をかけますが、当時はまだ知り合いでなかったので、どんなコンサルと付き合えばいいかから自分で考えました。こういう場面でも、人事部にどういうコンサルタントをどう活用すると良いかについてのノウハウがあればとても助かります。

人事部に望む組織状況の見立てと打ち手の理論化

ここまでの「準備期」で自分が取れる情報には限界があるので、人事部は「こう考える」という情報があれば新しいトップにとっては、思考の幅が広がるでしょうね。人事部からすると「トップに遠慮した余計な情報」と思うかもしれないが、人事部がなぜこの教育を入れたのか、受講生はどうだったのか、人事部が社外のプロ(コンサルタントや講師)と一緒に人や組織状況の見立てと打ち手について理論化できていれば、経営者にとって非常に有益です。

人事だけの枠からはみ出て、事業TOPと一緒に問題点を考察し、改善する機会を作ろうと誘いかけることが重要であるし、その力を持ってほしいと思います。人の問題なのか、事業そのものの問題なのか、経営と一緒になって考えないと人事の存在意義が薄くなってしまう。

「実行期」に人事へ望むこと

松田次に「実行期」について伺います。このフェーズで経営者が組織面で考えること、人事部門に支援してもらいたいことは何でしょうか?

山脇氏まず、私は、大前提として「人間の能力は会社の中の関係性で生きもするし死にもする」と考えています。関係性の変化が人に与える影響はそれほど大きい。自分がどのような環境下にいるのか、そして何を感じているのか自分ではなかなかわからないものです。
自分が気づいたことを他人に話すことで、他人も気づいてくれることがあり、そのことによって関係性に対する信頼感ができてきます。そしてこの関係性は常に変化するもので、人は無意識に反応していきます。

人を伸ばすために必要なのはケアする土壌

良い関係の中でその個人個人の良さ、強さが活かされて、会社に貢献できれば個人にとっても会社にとっても最高です。社員が自分の強みを最大限に発揮するために、「自分の背中を押してくれる」「自分のことをケアしてくれている」と社員が安心できる場を作っていくことも事業トップの重要な仕事の1つだと考えます。

しかし実際のところ事業トップは、現場のケアの状況はほとんど見えていません。公式には日々のケアを部長に任せているのですが、彼らもなかなか手が回らないのが実情です。事業トップが安心して任せられる状態とは、部員を誰かがケアしている状態。BGC社と契約したのは、この「ケアをしてくれる」から。

ケアするには、タスク一辺倒にならないように、組織の中の感情やくすぶりを見に行くノウハウが必要になります。実はそこを自前でやるのは難しい。だから最初はB G C社のような外部の組織開発コンサルが必要で、自前にないノウハウを組織内に入れていくことが重要です。

独りよがりなケアをしないために

マネジャーの中にはそのケアができると自己認識しているものもいるでしょうが、どうしても自分勝手な独断と偏見があるので、ケアと称して部下を自分に従属させ、ともすればリーダーに一方的に服従する集団を作り出してしまいやすい。

そうならないためには、マネジャー自身も、部下の何をケアするか、能力をケアするのか、感情をケアするのか、メンバー間の関係性や部門感葛藤などの関係性の葛藤をどう見定めてアプローチするのか、そもそも自分自身のリーダーシップスタイルの現状とそうなっている理由について、理論と実践知をもってコーチングなどを通じて身につけていくことが重要と思います。

また、そのノウハウをマネジャーだけが持っていてもだめで、その上司や部下にもノウハウを共有して組織の共通言語にしていく。そんなコーチングカルチャーを組織に作ることで、独善的なリーダーを生み出さない環境を作ることが重要だと思います。

松田人のケアに関して、内部の人ができる部分、外部でないとできない部分というのは存在しますか?

山脇氏内部の人には言えないことを外部の人には言えるというのがあります。内部の人に対しては警戒して何ごともオブラートに包む。内部でも何でも言える風土になっていればいいですが、ピラミッドが何重にもなっている組織では難しい。

PMIで留意することとは

松田PMI(ポストマージャインテグレーション:M&A後の組織融合)については何を留意していたのでしょうか?

山脇氏PMIの際に気にするのも事業軸と人・組織軸です。人事に期待したいのは組織統合・融合のプロであること。そこが弱ければ、外部コンサルを活用するのが良いでしょう。

相手の会社の権力構造、どんな歴史をたどってこの組織構造になっているのか?こういうことは、統合前にはなかなか見えません。M&Aを実施したら、両社のキーマンを統合させるためにベクトルを示す必要がありますが、統合したことでどれだけのかけ算が成されるかは一筋縄ではいきません。

相手を排除するための乗っ取りならいいですが、組織統合・融合するなら外部コンサルの知恵と力を活用し、本音、ファクト、あるべき姿、数字へのストーリーを出し合いながら、知恵を持ち寄る対話のプロセスを作ることが重要になってきます。そこを省くとかえって時間がかかるし、結果的にバラバラのまま一緒に暮らす時間が長くなって大きな機会損失が発生します。

後編に続く>

山脇 昇氏
神戸大学卒業後住友ベークライト株式会社に入社。勤労部勤労課、総務課(組織の立て直し)、宇都宮工場勤労部長(「全社に目標管理を導入設計」)、回路基板営業部長等を経て、取締役常務執行役員高機能プラスチック統括、取締役専務執行役員(高機能統括の後医療機器事業・フィルムシート事業統括)など複数の事業部の経営トップとして、売り手中心主義から顧客中心主義に組織体質を転換すべく様々な取り組みを実施。現在は同社アドバイザー。

 

松田栄一
東京大学経済学部卒。日本電信電話(NTT)に入社。情報通信総合研究所に出向し、日米電気通信事業者の資本政策や管理会計に関する調査研究・コンサルティングに携わる。その後、MBA教育を手がけるグロービスにて企業内研修部門マーケティング統括リーダーを務める。現在はバランスト・グロース代表パートナーとして日本・アジアの企業及び政府に対して事業開発、組織開発を中心とするコンサルティングを行う他、ロジカルシンキング、経営戦略、リーダーシップをテーマにした企業研修等の講師も務める。

前編はここまで