プロセスワークは、1970年代にスイス・チューリッヒのユング研究所で分析家だったアーノルド・ミンデル博士によって創始されました。ミンデルは、夢や心身症状に共通のパターンを発見し、当初「ドリームボディワーク」と呼ばれる手法を確立。やがてその適用範囲を個人からカップル、家族、組織、国際紛争にまで広げ、「プロセス指向心理学(Process Oriented Psychology)」と称しました。1990年代には「地球がクライアント」というミンデルが見た夢のビジョンのもと、大規模グループの対立解決手法「ワールドワーク」を発展させ、世界各地で平和構築や紛争解決に活用されてきました。そして近年、プロセスワークの英知を経営・組織開発に活かす試みが成果をあげつつあります。
〇一次プロセス、二次プロセス、エッジ
プロセスワークでは、慣れ親しんだ既知の状態を「一次プロセス」、そこから生じる変化の(現れ出ようとしている)状態を「二次プロセス」、両者の境界で変容を阻む見えない壁を「エッジ」と呼びます。組織開発においては、起きている問題を単なる障害ではなく、学習と変容へのサインと捉える視点が重要です。
〇対立を扱う:プロセスワークは、組織内の対立や葛藤も「成長のきっかけ」として歓迎します。経営上の課題は多くの場合、ハーバード大学ハイフェッツ教授のいう「適応課題(価値観や関係性の変容が必要な課題)」であり、対話なくして解決できないとされています。プロセスワークでは、対立や異なる意見も組織全体の重要な情報とみなし、互いの価値観や心理構造を深く対話することで、新たな合意や解決策を創出します。
〇ロール
プロセスワークには「ロール(役割)」という概念があり、例えば組織内で「厳しい人」「優しい人」「犠牲者」「加害者」などの役柄が生じます。これらのロールは特定の個人に固定されるものではなく、状況に応じて人が入れ替わりながら演じます。ある病院の事例では、患者の対応をめぐって「怖い人」「優しい人」というロールがスタッフ間で交代して担われていました。プロセスワークでは、これらのロールを「自分とは分離できる一つの役柄」として認識し、メンバー同士でロール間の対話を促します。対話により当事者は「私や相手は役割を演じているだけ」と気づき、対立する相手への深い共感や理解が生まれるきっかけとなります。
〇変容を促進する
プロセスワークは「変容の心理学」とも呼ばれ、発生した事象から意味を抽出し、気づきを組織・個人の変化に活かします。例えば組織変革の局面では、従来の枠組みや文化に気づかせ、変容を阻む壁「エッジ」を乗り越え、新しい行動パターンへのコミットを支援します。場をデザインし、自然発生的に現れた感情や意見、行動などすべてをプロセスとして捉えながら扱うことで、参加者自身による内面変化や組織全体の意識変革を引き出します。
ディープ・デモクラシーは、1988年にミンデルが提唱した概念で、「すべての声を重視する民主主義」の原則です。一般の民主主義が主に多数決によって意思決定するのに対し、ディープ・デモクラシーでは多様な価値観や意見、内面的な感情までも含め、すべての声に意識を向けます。具体的には、性別や民族などの社会的少数派だけでなく、普段表に出にくい個人の内なる声(怒りや悲しみ、直感など)にも注意を払います。また、客観的事実(合意的現実)だけでなく、人の思いや心象(ドリームランド)、物事の核となる本質(エッセンス)の3層の現実を同等に扱う姿勢も特徴です。組織運営への示唆としては、表立った意見と裏側に潜む価値観の両方を組織文化に取り込むことで、社員一人ひとりの多様性と現場の知恵を活かすことが可能になります。
プロセスワークは企業や組織のさまざまな現場で活用されています。例えば、外資系製造業A社の工場再生プロジェクトでは、突発した業績低迷と経営層への不信を受けて経営陣だけでなくミドル層も巻き込んだ関係性システムの再構築が試みられました。従来のカリスマ型リーダーシップ像だけを押し付けるのではなく、新旧両リーダー層と現場メンバーとの間で望ましい関係性を探求するプロセスワーク的アプローチがとられ、全員が共通の「これからの行動パターン」へ意識を切り替える支援が行われました。
また、ある病院の病棟では、患者から見て「厳しい人」「優しい人」とスタッフを二分する声が続いていました。プロセスワークでは、この現象を表面的な問題ではなく「病棟に流れる見えない物語(ドリーミング)」の一端と捉えます。スタッフ会議で「ロール」概念を共有したところ、自らが”厳しい役”を演じているだけだと理解し、役割と自分との間に距離を置けるようになりました。その結果、スタッフ同士のコミュニケーションが滑らかになり、患者対応にも新たな連携が生まれています。
加えて、グローバル企業の組織開発や人材育成にもプロセスワークが導入される例が増えています。NetflixやIntel、シティグループなどでは、組織開発コンサルタントにプロセスワークの知見を持つ人材が関与し、リーダーシップ研修や組織サーベイに活用されていることが報告されています。これらの事例では、既存のビジネス課題だけでなく、隠れた組織ダイナミクスやメンバーの本音レベルまで扱うことで、根本的な変革を促しています。
プロセスワークは、組織内の対立や混乱を消そうとせず、その「火の本質」を理解しようとする姿勢を提供します。その結果、葛藤は組織の生命力や創造性を高めるエネルギーに変わり、メンバーが自発的に変化に向かう原動力となります。
経営者・人事はプロセスワークの視点を学ぶことで、従来のトップダウン型や画一的な組織運営から一歩進み、多様な声を生かした対話型のリーダーシップや柔軟な組織文化を醸成できます。結果として、組織全体の適応力・回復力(レジリエンス)が高まり、激変するビジネス環境にも持続的に対応できるようになるでしょう。プロセスワークは治療的な手法に留まらず、組織の現実課題を俯瞰的に捉えるための深い哲学と技法を備えています。経営層や人事担当者がこの学びを取り入れれば、「対立こそ成長のチャンス」とする新たな組織風土づくりにつながり、やがて組織の前向きな変革が現実となるでしょう。