禅の悟りプロセス「十牛図」とコーチング ~十牛図×プロセスワーク~

禅の悟りプロセス「十牛図」とコーチング ~十牛図×プロセスワーク~

“「現れ出ようとするもの」への個と集団へのコーチング” 第4回

● 十牛図とは?

十牛図とは、中国宋代の禅宗により考案された、仏道入門から真の悟りに至るまでの過程を10枚の図で示したものです。牛を捕まえるべく旅にでた人物が苦労の末に牛をつかまえるストーリーであり、牛は修行の結果得られる悟りのメタファーと言われています。そして、牛を捕まえて以降、真の悟りへと歩む7枚目から10枚目が特に味わい深いです。ここでは本来の仏教としての十牛図の詳しい説明は割愛しますので、興味のある方はWEB検索などで調べていただくと良いでしょう。

●  十牛図をプロセスワークやコーチングの視点で解釈する

十牛図をコーチングが進んでゆく段階という視点で見てみましょう。10枚の図それぞれに対して、コーチング・セッションに現れたクライアントの状況と、コーチが行うべき標準的アプローチ(介入)を、プロセスワークの視点を交えて解説します。十牛図を参照することで、コーチングのプロセスが成長や成熟に深く寄与しているかを感じ取ることができるでしょう。

①  尋牛(じんぎゅう)

クライアントの状況: クライアントがコーチングを受け始めました。これは大変大きなことで、クライアントが何らかのゴールに向かって歩む覚悟を決めた状態ということです。

コーチの介入:主としてクライアントが描くゴールを話題にします。コーチングで得たいゴールについて質問します。また、状況によっては目の前のゴールの先にある究極の目的(Ultimate Endpoint)をテーマに会話してもよいでしょう。究極の目的が実はあるからこそ、「尋牛」プロセスは始まります。

② 見跡(けんせき)

クライアントの状況:牛の足跡を見ている様子が描かれています。クライアントがゴールを実現するためのリソースに気づいた状態です。

コーチの介入:牛のメタファーをそのまま使い「足跡があるのだから、牛はいるはずですよね。実際はどこにいると思いますか?」といった質問も効果的です。また、ゴールのためのリソースに話題を振り、「そのリソースは具体的には何ですか? それをどんな風に使いますか?」といった質問を行います。コーチの存在と励ましはこの段階では超重要です。足跡を見つけても信頼がなければその先を追おうとしないのが私たちが普段とりがちのパターンです。

③ 見牛(けんぎゅう)

クライアントの状況:牛を実際に目撃した様子が描かれています。ということは、ゴールの実現可能性が腹落ちした段階と言えます。興味深い現象がここで起きます。現状とゴールまでにある目に見えない壁をエッジと呼びますが、ひとつ前の牛の足跡に気づいた段階ではそれを感じることは稀です。牛をありありと見ているこの段階にきて初めて、牛までたどり着くことの困難さを感じます。エッジがリアルになったわけです。

コーチの介入:ゴールの実現性が腹落ちしたと同時にエッジをリアルに感じているクライアント。ここではコーチがゴールについて丁寧に質問することが有効です。ゴールがよりリアルに具体化されれば、クライアントがエッジに立ち向かう勇気が生まれるかもしれません。また、逆にリアルなゴールは、さらにリアルなエッジを呼び起こすかもしれません。その場合は、第1回でご紹介した、エッジのトンネルをくぐって超えるワークが有効です。疑似的にであれ、牛を間近に見る体験は、リアルなエッジを超える動機付けになるでしょう。

④ 得牛(とくぎゅう)

クライアントの状況:描かれている通り、ゴールが実現しそうだが不安定な状態です。プロセスワークの用語でいうと、クライアントがまさにエッジに真正面に取り組んでいるタイミングです。

コーチの介入:コーチにとっては「最後の大物の敵」があらわれた状況と言えます。大物の敵には、大技が必要です。見牛で触れたエッジのトンネルをくぐって超えるワークをここで行う手もあります。エッジが他の人(人達)との関係性から来るのであれば、エンプティチェアー、ワールドワークなどが役立つかもしれません。また、ややカウンセリング的になりますが、クライアントの幼少期から現在にいたるまでの体験を紐解くことが「最後の大物の敵」への対抗手段となるかもしれません。
コーチはクライアントが後戻りするのではなく、大事なフェーズに来ていることを理解して大物に向き合い続けることを腹を据えて支援します。

⑤ 牧牛(ぼくぎゅう)

クライアントの状況:当初のゴールが達成された状態です。

コーチの介入:ゴールが達成されたことを承認すると同時に、それを深く味わってもらう質問をします。達成はクライアントが頭で認識している以上のインパクトがあるものです。達成した時点で時間をとって振り返る、味わう時間は変化への確かな移行を促します。

⑥ 騎牛帰家(きぎゅうきか)

クライアント:ゴールで得た状態が、本来の自分のものとなり、意識しなくてもできています。

コーチの介入:コーチングの開始時(尋牛)で若干触れたかもしれない究極の目的(Ultimate Endpoint)がこのあたりから再び顔を表します。例えば、会社からTOEICスピーキングの高得点を要求され、尋常ではない努力の結果、流ちょうな英語が楽に話せるようになったクライアントがいたとします。「これで会社の管理職試験はばっちりですね。ところで、努力の末に得た英語スピーキング力の究極の使い道は、管理職試験なのですか?」といった質問をなげかけます。

⑦ 忘牛在人(ぼうぎゅうそんにん)

クライアントの状況:求めたゴールと自分自身が統合された状態です。例えば、英語を自在に話す日本人は、一つ前の騎牛帰家で表現できました。しかし、「日本語を自在に話す」「日本人」という表現は通常しません。前者と後者は一体だからです。クライアントはそのような状態にいます。

コーチの介入:一つ前の騎牛帰家と同様に、究極の目的(Ultimate Endpoint)に関する会話を行います。また、牛を捕まえる過程において、自分自身がどのように変化した(成長した)かを問いかけます。不思議と私たちは自分が甚大な努力をして達成したプロセスを忘れがちです。成長の振り返りは自信や自己肯定を促して、次なる成長の土台を築きます。

⑧ 人牛倶忘(にんぎゅうくぼう)

クライアントの状態:8つ目の図には、何も描かれていません。努力して到達したゴール。そのプロセスで磨き続けた自分自身。それらに対して静かな、そしてポジティブな気持ちで「そんなことは、もうどうでもよいのだ。」と思えている状況です。

コーチの介入:意図的なコーチング技法は不要です。クライアントが何を感じているのか、じっくり話を聞きましょう。「手放す」とか、「執着がない」と言われるような境地かもしれません。

⑨ 返本還源(へんぽんげんげん)

クライアントの状況:身の回りに最初からあったものの素晴らしさを味わえる状態です。「冒険から戻ると、幸せの青い鳥は家の鳥かごにいた」話と本質は同じです。ただし、それを本当に味わえるようになるには、牛を獲得するための努力の旅が必要だったのです。

コーチの介入:一つ前の人牛倶忘と同様に、意図的なコーチング技法は不要です。クライアントが実は最初から身の回りにあったものたちに、どんな素晴らしさを感じているのか、じっくり話を聞きましょう。何かを求めるのではない、この瞬間に幸せを感じられているときかもしれません。

⑩ 入廛垂手(にってんすいしゅ)

クライアントの状態:最初からあった素晴らしいものを味わうことでクライアントに新たな行動へのエネルギーが沸いてきます。しかし、それは自分自身ではなく、他者、さらには世界をテーマにした活動です。

コーチの介入:より大きな次元での新たな試みをクライアントが始めようと覚悟を決めたわけです。スケール感は全く異なりますが、十牛図の1枚目に戻ってより大きな目的のために別の新たなコーチングの旅路が始まろうとしています。

● まとめ

十牛図は仏教や禅に興味がある方にとっては有名なコンセプトです。今回はこれがコーチングやプロセスワークとどのように関連するかをご紹介しました。いろいろと解説しましたが、十牛図は図そのものが人の成熟プロセスや本質を象徴しており、パワーをもっています。何も解説せずにクライアントに10個の絵を見せて、「今のあなたはどの図ですか?」「あなたが何をしている絵ですか?」といった質問を行うのも、意外と十牛図の本質にかなっているかもしれません。

認定プロセスワーカー 松村憲
組織開発コンサルタント 西田徹

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