ペイン・プレジャー・マトリクスをプロセスワークの視点で深堀する

ペイン・プレジャー・マトリクスをプロセスワークの視点で深堀する

“「現れ出ようとするもの」への個と集団へのコーチング”第1

● 「変わりたいのに変われない」を見える化するペイン・プレジャー・マトリクスとは?

個人であれ集団であれ、「変わろうとしてもなかなか変われない」はよくあることです。その状況を4つの観点から分析するのがペイン・プレジャー・マトリクスです(図1)。田んぼの田の字の上下でいうと、上は変化した場合、下は現状維持した場合。左右でいうと、左はプレジャー(喜び)、右はペイン(苦しみ)です。

図1 ペイン・プレジャー・マトリクス

変革が起きるためには、当事者が左上の変革のメリット(金の壺)を強く実感することが必要ですが、それだけでは足りません。 なぜなら、右上の変革に伴う痛み(松葉づえ)を、当事者は恐れているからです。では、この2つをうまく取り扱えば変革は起きるのでしょうか? 答えはNOです。

 変革を受ける(変革しようとする)当事者は、左下の現状の居心地の良さ(人魚)を享受しつづけたい、手放したくないと感じています。また、右下の現状のままで居続けることの危険(ワニ)を実感しない限り、本気で変わろうとはしないでしょう

● かつての優良IT企業Z社のエンジニアAさんのケース

では、かつての優良IT企業Z社に勤めるエンジニアAさんの状況にペイン・プレジャー・マトリクスをあてはめてみましょう。現状はエンジニアとしてのAさん。そして今まさに人事部や上司から、営業職への職種転換という変化を迫られています。

 【ワニ】現状のペイン(苦しみ)の最大のポイントは会社としての業績の悪化です。そのために何度も人員のリストラが行われてきています。また事業の縮小化に伴い、Aさんのようなエンジニア職の人員は少数しか必要なくなっており、余剰のエンジニアは、はっきりいって「お荷物」という状況です。

 【人魚】現状のプレジャー(喜び)の最大のポイントはAさんのエンジニアとしての誇りです。長年このエンジニアとしての仕事をつきつめてきて、専門家としての自信を持っています。また、1990年代に超優良企業としての名声を謳歌していたZ社が、本当に追い込まれてはいないはずと、どこかで信じてもいます。

 【松葉づえ】変化のペイン(苦しみ)の最大のポイントは、「40代になった自分に、今さら営業職なんてできるわけがない」という思いです。さらにA氏には、実は営業職への蔑みも存在します。「どぶ板営業」をやるためにこのZ社に入ったのではない。そんな気持ちです。

 【金の壺】変化のプレジャー(喜び)は、抵抗する気持ちが大きい現時点では1つしかありません。収入が保証される。それだけです。

 

図2 Aさんのペイン・プレジャー・マトリクス

図2にこれらの要素をまとめました。「人魚+松葉づえ」が大きく、「金の壺+ワニ」が小さい。特に、金の壺が弱すぎます。このままではA氏が職種転換を受け入れることはないでしょう。しかし、職種転換の勧奨を数回にわたって断り続ければ、最期には「Z社にはあなたの居場所はありません。辞めてください。」となる可能性が大です。

 

● GCIロードマップを使ってA氏とワークをする

 仮に、プロセスワークの知恵を結集し、ヴィキー・ヘンリクスとロー・サンドバーグによって開発されたGCIコーチングロードマップを使って、A氏とワークをしたとしましょう。まずは、GCIコーチングロードマップについて、A氏の例を使いながら説明します(図3)。

図3 GCIコーチングロードマップ

左側の高台が既知のもの、馴染みのあるものです。A氏にとってはエンジニアの仕事を意味します。そこにディスターバンス(それまでのあり方を揺さぶる妨げになるようなもの・出来事など)が起きます。A氏の勤めるZ社の業績悪化やリストラのことです。それにより、A氏はエッジ(切り立つ崖)を超えて、未知のもの&馴染みのないものへの移行を迫られます。具体的には営業職としてのA氏です。新たな領域の魅力はアトラクターと呼ばれます。A氏のケースではここが弱く、「収入の保証」にとどまっています。ゴールは営業職へと転換することですが、その先に最終的なエンドポイントが待っています。

 さて、ここからが我々のオリジナルなのですが、ペイン・プレジャー・マトリクスとGCIロードマップを統合します(図4)。状況が非常にクリアに表現されました。

 図4 GCIコーチングロードマップとペイン・プレジャー・マトリクスの統合

 

● エッジとワークする? エッジのトンネルを潜り抜ける?

 

ここでA氏とワークする際の選択肢が2つあります。それは「エッジとワークする」と「エッジのトンネルを潜り抜ける」です(図5)。

 

図5 エッジとワークする。エッジのトンネルを潜り抜ける

 

エッジとワークする:

 もしコーチがA氏のエッジとワークするなら、まず「ワニ」を増幅する手があります。業績悪化やリストラと一般化してぼんやりと語っているものを、具体的数字で見つめてもらいます。また、縮小した事業規模をもとに、必要なエンジニア数をご自身で試算してもらい、本当に少人数のエンジニアしか必要ないという事実に向き合ってもらうのも良いでしょう。もう一つの手は「松葉づえ」が本当に実在しているのかを深堀することです。40代で職種転換したら実際には何がおきるのか。ソフトランディングの方法はないのか。最悪のケースは何なのかなどを一緒に考えます。もしかしたらAさんは実態のないものに怯えていた自分に気づくかもしれません。

 

エッジのトンネルを潜り抜ける:

 もう一つの方法はエッジのトンネルを潜り抜ける。です。コーチとAさんの会話としてみてゆきましょう。

 

コーチ:「様々な不安や迷いをお持ちなのはよくわかりました。ここで少し違うアプローチをしてみましょう。今から3メートルほど場所を動いてみましょう。ここは5年後です。2024年です。Aさん。あなたは営業担当者として大成功していると想像してみましょう。

 Aさん:「えっ! そうなんですか?」

 コーチ:「はい。ここはAさんが営業担当者として成功している場所です。Aさんの営業としての成功要因を教えてもらえますか?」

 Aさん:「そりゃあ、どぶ板営業をコツコツと。。。あ、違うな。…なるほど(何か洞察した様子のAさん)ここにいるとこんな気分になってきました。私はエンジニア出身だから中身がしっかりわかっているんです。だからそれが不要なお客さんに無理に押し売りしたりしない。一方で、必要としているお客さんには、情熱を持って迷いなく売り込むことができる。そして私の技術スキルの高さを知ったお客さんは、みんな私のファンになってくれて、追加発注や親しい経営者仲間を見込み客として紹介してくれるんです!(これまでには見れなかったような高揚した表情で話すAさん)

 コーチ:「素晴らしいですね! ところで、もとの場所の空の椅子に2019年のAさんが座っているとします。5年先のここからだと、彼にどんな風に声をかけてあげますか?」

 Aさん:「そりゃあ、『うじうじしてないで、早くこっちに来いよ!』ですね。ははは。心配なのはそりゃわかる。でも前に進めば見えてない可能性だって見えてくるだろうって。

 

実際にはもう少し丁寧に会話を進めてゆくのですが、クライアントから未知の可能性が現れ出るプロセスは、まさに上記の通りです。今回は、たまたまエッジのトンネルを潜り抜けるがうまくいった例をご紹介しましたが、2つの方法に優劣はありません。状況に応じてどちらの方法でエッジを扱うかをコーチが判断することになります。

 

● A氏の新しいペイン・プレジャー・マトリクス

 

さて、コーチの介入により、Aさんには新しい未来が見えてきました。この時点でもう一度ペイン・プレジャー・マトリクスを描いてもらいましょう。

図6 Aさんの新しいペイン・プレジャー・マトリクス

 

【人魚】現状に留まる居心地の良さとしてAさんはエンジニアとしての誇りを過去にあげていました。それが今は「だからこそ営業職に行く」という別の意味を持ち始めています。また、見て見ぬふりをしていたZ社の危機をまっすぐに見つめ、「Zは大丈夫じゃない。でも自分だからこそ貢献できることがある」といった当事者意識も生まれてきました。つまり、Aさんは最初の人魚の部分への執着をすでに離れて一歩踏み出しています。

 【松葉づえ】Aさんは過去には40代の自分にはもはや職種転換は無理だと言い訳をしていました。が今は、磨き上げたスキルを新しい領域(営業)で活用するだけだと新たな視点を獲得しています。また、営業という職種をステレオタイプ化するのではなく、自分なりの高付加価値営業が可能だと予感しています。人魚に続いてここでも、松葉づえに書かれていた疑念を踏み超えています。

 【金のつぼ】かつては「収入の保証」だけしかこの場所にない寂しい状況でした。今は、元エンジニアならではのセールス、顧客からの信頼というワクワクする内容が登場し、その結果として収入が保証されるという構図になりました。

 

● まとめ

 このコラムではペイン・プレジャー・マトリクスとGCIロードマップという2つの独立したフレームワークを関連づけて解説しました。人も組織も変化することを潜在的には避ける傾向があります。ペイン・プレジャー・マトリクスは、変化するために必要な要素や変化できない要因となっているエッジを顕在化させるフレームです。人魚や杖の部分に現れている「エッジ」を扱えないと変化は小手先のものになります。事例に示したように、エッジを丁寧に扱えるコーチング・アプローチはパワフルであるだけでなく、本当に意味深い変革が生じる肝となります。コーチがプロセスワークのスキルを使ってクライアンのエッジに適切なワークを行うと、まだ見ぬ可能性が現れ出ることを事例を通じてご理解いただけたかと思います。

 

認定プロセスワーカー 松村憲

組織開発コンサルタント 西田徹