ドラマトライアングルをプロセスワークの視点で深堀する

ドラマトライアングルをプロセスワークの視点で深堀する

“「現れ出ようとするもの」への個と集団へのコーチング” 第3回

● ドラマトライアングルとは?

ドラマトライアングルとは、人間関係を3つの典型的な役割(迫害者・犠牲者・救済者)にあてはめて解釈するモデルであり、1968年にカープマンによって提唱されました。彼は交流分析(TA)の開祖であるエリック・バーンの弟子であり、ドラマトライアングルを説明する理論的背景としても交流分析が使われています(図1)。
 
 
【迫害者(Persecutor)】
交流分析(TA)の基本枠組みを使うと、迫害者は以下の2つの組み合わせで表現されます。
・ I am OK
・ You are NOT OK
犠牲者に対して怒りをもって高圧的に対峙し、批判し、抑圧し、コントロールしようとします。また犠牲者に対して、以下のような発言を行います。「おまえは本当にダメなやつだな」「全部おまえのせいだ」「おまえたちは怠惰で、無能で、やる気もない」「またやらかしたのか!」
 
【犠牲者(Victim)】
犠牲者は以下の2つの組み合わせで表現されます。
・ I am NOT OK
・ You are OK
犠牲者は自己を卑下し、無力感、絶望を感じています。自分自身に対して以下のような心のつぶやきを行います。「自分なんてダメ人間だ」「何をやってもうまく行きっこない」
 
【救済者(Rescuer)】
犠牲者が迫害されているシーンを見かねて、救済者が登場します。ここで留意すべき点は、カープマンの定義する救済者とは、『偽りの救済者』であることです。
救済者は以下の2つの組み合わせで表現されます。
・ I am OKと自分に言い聞かせているが、実はI am NOT OKを見ないふりしている
・ You are NOT OK
 
救済者は、一見犠牲者を救済しているようですがそれは表面的であり、本質的な解決をもたらさず、余計に犠牲者を依存的にさせます。職場での例ではありませんが、食料不足に悩む発展途上国の村があったとします。本質的な解決とは農耕技術を伝授してあげることです。そうではなく、食料を配って回ることは一見救済行為に見えますが、それは表面的であり、犠牲者をより依存的にさせる危険が伴います。実際のドラマトライアングルに戻ると、救済者は偽りの救済者なので、本質的な解決策をとることはありません。つまり、迫害者に向かって「あなたのやり方は間違っていますよ。迫害はやめましょう!」というアプローチをとることはないのです。
 
救済者のTAの特徴に、I am OK (NOT OK)があります。一見、自分に自信があるようなのですが、深いところでは、自信の無さをかかえています。偽りの救済行為により自分の価値を高めた気になり、もしかしたら自分はNOT OKかもしれないという不安をまぎらわせているのです。犠牲者に対するフレーズは「君を助けてあげよう」です。
 

● 企業組織におけるドラマトライアングルはフラクタル構造を持つ

 
例えば、幼稚園に「いじめっ子(迫害者)」「いじめられっ子(犠牲者)」「偽りの救済者」がいたとしても、これはトライアングルが1つ存在するだけに留まります。しかし、企業組織は階層構造を持つため、トライアングルはフラクタル構造化し、より根深い問題となり得ます。
例えば鬼軍曹のような部長に迫害された課長は犠牲者です(図2)。
 
しかしこの同一人物が課のメンバーの一人に対して高圧的な態度で振る舞い始めたとしたら、迫害者の役割をとっているわけです。あるいは、時期がずれて、この課長がなんとか部長に昇進した後に鬼軍曹化するといった例もあります。また、この人物が別の課の後輩から相談されたときは、救済者のロールをとるかもしれません(図3)。
 
 
このフラクタル構造が、上下と左右、組織全体に広がっているとしたら、それは危機的状況と言えます。
 
注)ここでは企業組織内の同一人物が3つの役割をとる「可能性」を示しましたが、だれもが、必ず、いつでも複数ロールをとっているという意味ではありません。
 
この図からわかる別のポイントもあります。同一人物が別々の場面で「犠牲者」「迫害者」「救済者」という別々の役割をとる可能性がある。ということは、これはドラマの役割に過ぎず、その人のAuthenticな個性とは別物なのです。であれば、ドラマの役割を演じるゲームから降りることも可能なわけです。
 

● なぜドラマの役割から降りられないのか?

 
プロセスワークの基本概念である1次プロセス、2次プロセス、エッジを使って「ドラマから降りることがなぜ困難なのか」「ドラマから降りると何が現れ出るのか」を考えてみましょう。
 
ドラマを演じている状況は慣れ親しんだ場所。1次プロセスです。ここは居心地の良い場所です。迫害者はパワーを駆使して犠牲者を下に落とし込むことで、自分の存在意義を確認でき、自尊心を満たします。救済者は正義の味方として振る舞う自分にOKを出すことができます。犠牲者は救済者から気づかってもらえますし、ダメ人間を演じつづければ本質的な努力をしないで済むメリットがあります。そして、3つの役割全てに言えることは、オープンな本当のコミュニケーションを避けることができます。本当の自分を勇気をもって見つめ、それに従って他者との意思疎通を行うのは、大変なエネルギーを必要とします。一方で、ドラマトライアングルのどれかの役割を演じるのは、とても楽なことです。これらの沢山のメリットを手放すことがエッジとなり、多くの場合はドラマを継続してしまう(1次プロセスに留まりつづける)ことになります。
 
一方で、ドラマを演じ続けてはいけないことは、多くの人たちが薄々は気が付いています。そこから現れ出ようとしている2次プロセスとは何でしょうか。今までは、逃げていた(避けていた)「本当の自分に向きあうこと」が始まります。また、ドラマを演じることに使っていた時間と、そこから得られる偽りの満足感が消え去ってしまいます。となると、本当にやるべきことは何なのかを模索し、そこに時間を費やし、真の満足感を得ることへのチャレンジが始まります。本来取り組むべきであったビジネスのタスク遂行が行われ始めます。営利企業においては、組織のメンバーがドラマから降りて2次プロセスを探究することの業績(売上・利益)に与えるインパクトが非常に大きいことは想像に難くありません。
 

● どのようにドラマトライアングルから降りるのか

 
では、どのようにしてドラマトライアングルから降りればよいのでしょうか。
 
① ドラマトライアングルに気づき、登場人物と3つの役割をマッピングする
 
② 各自に「なぜそのロールをとっているのか?」について考え、気づいてもらう
ここでは、自分以外のロールをとってワークしてみることが有効です。「被害者の椅子」「迫害者の机」といった具合に、3つの異なる場所を明確に定め、その間を当人たちに動いてもらうことが必須です。以下のような気づきが起きるでしょう。
 
<今まで被害者だった人>
迫害者ロールをとると:楽でパワフルだ。相手のせいにすればよいのだ。
救済者ロールをとると:楽だ。良い人になって心地よい
 
<今まで迫害者だった人>
被害者ロールをとると:こんなに窮屈なのか。想像もしてなかった。頭が真っ白だ。
救済者ロールをとると:迫害者の人は怖い。この役割は安全だ。心地よい
 
<今まで救済者だった人>
被害者ロールをとると:予想していたけど、それ以上につらい。
迫害者ロールをとると:パワフルだけど、うしろめたい。
 
③ 他のロールをとる経験を通じ、「これはうまく成立したドラマに過ぎない」「このドラマを続けてはいけない」ことに気づく
 
④ コーチは「では、皆さん。これからどうしてゆきますか?」という質問を投げかける
その結果、現れ出てくるであろうそれぞれのテーマの例をあげてみます。
被害者だった人:NOT OKかもしれない自分をまっすぐにみつめ、I am OKを作ってゆく。さらには、迫害が続くようであれば、「NO」を言う強さを身に着ける
迫害者だった人:パワーの適切な使い方を覚える。自分の中のI am NOT OKに気づく
救済者だった人:自分の中のI am NOT OKを逃げずに直視する。本当の救済者になる
 

●まとめ

 
集団における人間関係に起きやすい問題をシンプルに3つの役割で説明したドラマトライアングルは秀逸のコンセプトです。なぜその役割が生まれて定着するのかも、TAのI am OK, You are NOT OKなどで明確に説明されています。そこにプロセスワークの考えを加えて、ドラマから降りられない(1次プロセスに留まる)理由を深堀したり、物理的な場所を使って別のロールをとるワークを行ったり、そしてコーチング的に質問を投げかけて現れ出ようとするものをつかんでもらることが具体的な改善につながるきっかけとなるでしょう。
 
認定プロセスワーカー 松村憲
組織開発コンサルタント 西田徹