プロセスワークを活用した組織開発とコーチング ~バランスト・グロース・コンサルティング

組織の深層心理:ビジネスに役立つプロセスワーク、6つの視点第2回:個人の成長と組織の変容2016年1月26日

第2回:個人の成長と組織の変容〜〜プロセスワークから見る成長と変容の鍵

2016年01月26日 佐野浩子[一般社団法人 日本プロセスワークセンター 代表理事/CEO

あなたは今、自分の属している組織に満足していますか? 企業であれ、家族であれ、人間は集団に属さずに生活することはできません。組織に属していることで、自分が成長し、前に進める感覚をもたらされるなら、日々の生活は楽しいものになるでしょう。また、もしあなたが組織の「長」なのであれば、組織を構成する個々人の成長により、組織が発展することに、喜びを感じるでしょう。コーチングセオリーの中には、企業組織の成長を、社員個人の人生の自己実現とリンクさせる視点を持つものも多くあります(ex. 『ザ・コーチ』谷口貴彦、プレジデント社,2009年)。あなた自身の自己実現が企業組織に寄与していたら、そして企業組織の成長があなたの自己実現に寄与しているのならば、お互いが理想のパートナーのようなものであり、幸せが循環する最高の組み合わせだと言えます。  

「そんなに物事はうまくいかない」–そんな声が聞こえてきそうです。私たちが本当に望むものに向かって歩み始めると、成長を止める声が自分の内側から、あるいは外野から発せられたりします。これは前回お話したエッジです。このエッジは、肥大しがちな考えを地につけてくれ、現実に望むものを手に入れる戦略を洗練させてくれる良さがあります。成長への歩みを進めるためには、エッジに意識的でいることが大切です。ここではエッジを自覚しつつ、先に進んでみましょう。

前回に続き「下町ロケット」の例をあげて、まずは個人の成長についてプロセスワークの視点から考えてみます。 佃社長は顧客からの突然の取引終了とライバル会社からの思いもよらない訴訟により窮地に立たされます。そんな時に帝国重工という大企業から、「エンジンバルブの特許を売って欲しい」と打診されました。特許を売るのか、あるいは「特許使用契約」にするのか…。佃社長は特許を売るのでもなく、特許使用契約を結ぶのでもなく、部品供給をする第3の道を選びます。しかし部下からは「会社の安定を考えて欲しい」「あなたは自分のために働いてきたのだ」と言われ、はっとします。  

「人のために生きる」というのが佃社長の1次プロセス(イデンティティ)でした。ロケット工学者として挫折して以降、彼は人のために生きてきたと思っていたのです。それなのに家族も社員も「あなたは自分のために働いている」と佃社長を非難するのです。これまで製品化のあてのない開発にこれまで数10億と費やしてきたことについて、社員は佃社長を「自分のロケット開発者としての夢を捨てられていない」「自分の夢のために働いている」と見ていたのです。それに気づいた佃社長は思うのです、「他人のためだと思い込むことで、真実から目を背けていただけではないのか」と。  

プロセスワーク的な観点では、家族や社員が「あなたは自分のために働いている」と非難する時、「自分のために働いている」のは、佃社長の2次プロセスだと読み解きます。人から見られている自分というのは、自分ではそうと思わなかったとしても、そこにすこしだけ”真実”が含まれているとプロセスワークでは見るのです。

「俺はもっと自分のために生きてもいいのかもしれない。いや、そうすることで逃げだけの人生にはピリオドを打てるかもしれない」(『下町ロケット』 p222 池井戸潤 2013年 小学館)  

「自分のために生きる」–こう決意したことは、佃社長が今まで意識していなかった自らの2次プロセスを自覚的に生きることへとつながり、結果として佃社長のアイデンティティが拡張して、豊かになっているといえます。そして「人のために生きる(1次プロセス)」「自分のために生きる(2次プロセス)」という自分の中のふたつの側面を受け入れたことで、違う次元を生きることになります。「人のために生きる」(1次プロセス)ことも「自分のために生きる」(2次プロセス)ことも、どちらも自分であり、アイデンティティはより柔軟になれるのです。この次元が変わることが、プロセスワークの立場から見た意識の変容であり、個人の成長なのです。  

プロセスワークの立場からは、変容にはふたつの方向性があるといえます。ひとつはアイデンティティの広がり。今まで生きていなかった2次プロセスを意識的に生きること。そしてもうひとつは、この1次プロセスと2次プロセスの双方を統合する縦の次元です。この縦の次元が深まった時のサインとして、人は安定した、静かな力づよさを心の深いレベルで感じることができます。プロセスワークでは、図のように<アイデンティティの横の広がり>と<意識の次元の縦の深まり>のふたつの軸を成長の方向性としています。

佃社長が2次プロセスを取り入れ新しい次元を生き始めると、組織も「中小企業」というアイデンティティから、エッジを越えて「ロケット品質を生み出す中小企業へ」というアイデンティティへと変容していったのは前回書いた通りです。そしてこの組織のアイデンティティが変容する裏側には、組織の成員である社員たちの変化があります。佃社長や経営陣に批判的で反発していた社員たちは、徐々に佃社長のヴィジョンを理解するようになっていきます(それ以前に、佃社長は社員たちの立場に立って”よくわかる”ともつぶやいています)。組織を構成する個々人が、たとえ意見が違う人であっても、相手の立場に立ち理解することができるようになった時、組織自体が成長に向けてのワンステップを歩み始めているといえます。  

組織のアイデンティティが広がり、意見が対立していた相手の立場も理解できるようになってくると、佃工業の中に、「夢」「プライド」といったものが意識されはじめます。バラバラだった社員たちの声は、少しずつまとまりを持ち始め、皆で一丸となって「ロケットの品質」に向かっていくのです。佃工業には何か強い連帯感や感動を呼ぶ空気が流れていたに違いありません(ドラマでは、このシーンで涙された方も多いのではないでしょうか)。ここには、組織のアイデンティティの変化だけではなく、いつもと違う意識状態やある種の恍惚感、自分と組織が一体となるような融合感があったのではないでしょうか?組織で起こるいつもと違うレベルの意識状態は、個々人で体験するよりも強く人の深い部分を揺さぶり、「もっとこういう体験を生み出したい」と組織への貢献度が高まります。感動的な体験を通して組織内の個々の関係性も深まっているため、共に前に進もうと助け合う空気が生まれてきます。こうして個人の<意識の次元の縦の深まり>が生じると、人は自分の魂とでもいうべき深い心の部分に繋がって組織へと貢献し、その貢献がまた組織を発展させるという、ポジティブな循環の輪がまわり始めます。 今まで生きてこなかった側面を生きていくこと<アイデンティティの横の広がり>、普段とは異なる意識の次元を生きること<意識の次元の縦の深まり>。このふたつを意識する観点(アウェアネス)を持つことで、私たちは個人と組織の成長の鍵を見出すことができるのです。  

もしかしたらここまでお読みくださったみなさんの中には、「変化したのが佃社長というマネジメント層だから、佃社長の成長が企業組織の成長に大きく寄与したけど、普通の平社員だったらこうはならないんじゃないの?」という疑問を持たれた方もいるかもしれません。次回は、そのあたりのことについてお伝えしていければと思います。

※バックナンバー「組織の深層心理:ビジネスに役立つプロセスワーク、6つの視点」

・第1回:プロセスワークから考える組織の成長
・第2回:個人の成長と組織の変容
・第3回:深層を流れる物語?「ロール理論」からみる組織の成長
・第4回:管理職としての自分を知る?パワーの取り扱い説明書
・第5回:深層を流れる物語?セブンイレブンジャパン社長交代とプロセスワーク流リーダー
・第6回:三菱自動車におけるデータ偽装?プロセスワークから見た隠蔽

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組織開発の基本 第2章プロセスワーク理論 第1節

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