プロセスワークを活用した組織開発とコーチング ~バランスト・グロース・コンサルティング

事例に学ぶソーシャル・イノベーターの行動原理 第1回:ボストンの奇跡 – 牧師たちによる青少年の殺人事件撲滅運動(前篇)2014年12月18日

2014年12月18日 吉村 崇 [バランスト・グロース パートナー]

ソーシャル・イノベーターとはソーシャル・イノベーション(社会的課題が解決する現象、または、その革新的な解決法)をもたらす人たちです。近年、社会的課題はグローバル規模(地球温暖化、気候変動、環境汚染、etc)からローカル規模(治安、失業、貧困、いじめ)のものまで、驚くほど多くの課題があります。 また、ビジネス環境においても企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility, CSR)が問われ、企業が社会的課題の解決に取り組んでいくことが社会から求められています。しかし、従来の寄付や慈善活動的な社会貢献では新たな価値創造や社会変革を引き起こすことは難しく、企業のCSR活動がマンネリ化するなどの行き詰まりが見られるようになっています。

2011年にマイケル・E・ポーターが提唱した共通価値の創造(Creating Shared Value, CSV)は、企業の営利活動と社会的価値の創出(=社会的課題の解決)を両立させる企業活動で、近年世界中でこのような企業活動が期待されています。企業において共通価値の創造を実現するためには、身近な社会的課題を強く認知し、ソーシャル・イノベーションを引き起こしたいという高いマインド(社会起業家精神、Social Entrepreneurship)を持った人材が必要です。

本コラム「事例に学ぶソーシャル・イノベーターの行動原理」シリーズでは数回に分け、国内外の優れたソーシャル・イノベーション事例を紹介し、社会起業家の思考パターンや行動パターンについて学んでいきたいと思います。私たち自身が企業やその他の組織の中で働く際に、どのようなマインドを持ちどのような行動を起こせば、より大きな社会的価値を創出できるのかについて、具体的事例から汎用的なヒントを得ていただければ幸いです。 第1回目となる今回のコラムでは「ボストンの奇跡」と呼ばれた米国ボストン市での牧師たちによる青少年の殺人事件撲滅運動を紹介します。

●1990年代ボストン市内の殺人件数が約80%減少

1990年から1999年の間にボストン市(アメリカ合衆国マサチューセッツ州)内の殺人件数が年間152件から過去最低の31件に減少した。これは約80%の驚異的な激減で、2000年3月ニューヨーク・タイムズ紙はボストン市が暴力根絶に目覚ましい成果を上げたことを評して「ボストンの奇跡」と呼んだ。 この物語は複雑で多くの要因が糸のように絡み合っているが、その糸を一本一本さかのぼっていくと、ボストンを変える決意と行動に引き寄せられた、あるいは引きずり込まれた、数人の牧師たちにたどり着く。

●1980年代終盤のボストンと牧師ジェフ・ブラウン(Jeffrey Brown)

1987年、ブラウンはマサチューセッツ州ケンブリッジにあるユニオン・バプテスト教会の牧師となった。受け持ちの教区はボストン市中心部にあったが、そこでは青少年の殺人事件や暴力沙汰がピークに達しており、コカインの売買やギャングの闘争が日常の現実だった。 ブラウンは住民やその地域で働く人たちと同様にドラッグやギャングの問題に見て見ぬふりをするボストン警察に強い不満をもっていた。1990年にはブラウンの教区をはじめ、市中心部に住む親たちは子供を外で遊ばせないようになっていた。事態は悪くなるばかりで、通りにはドラッグやギャング、銃であふれていた。そんな状況にもかかわらず、警察は手をこまねいているように見えた。

●立ち上がった牧師たち

そのような状況下である日、モーニングスター事件として知られる衝撃的な出来事が起こる。 ある若いギャングのメンバーが走行中の車から撃たれて死亡し、その葬儀がモーニングスター・バプテスト教会で行われていた時のことだ。殺された若者の友人ジェローム・ブランソンが参列するため教会に入ると、敵対するギャングのメンバーたちがその後をつけて教会に乱入し、怯えて呆然とする会葬者を前に、ブランソンを殴り、祭壇の上で何回も刺した。 この事件をきっかけにして、ボストンにある様々な宗教・宗派のリーダーたちが記者会見を開き、モーニングスター事件やギャングの暴力、青少年の殺人事件について糾弾した。そして、協力して暴力の問題に対処する道を探ろうと、あらゆる宗教団体に呼びかけた。約300人の聖職者がそれに応え、ブラウンはその中で仲間を見つけた。

ブラウンら(レイ・ハモンド、ユージーン・リヴァース、その他9名ほど)は「街角委員会」(Street Committee)を結成し、毎週金曜日深夜から午前4時まで、市中心部の界隈に出かけ、ともかく歩き回ってみることが決まった。街角委員会の目標は街に出てギャングに接触し、暴力に直接対峙することだ。このギャングの縄張りへの侵入をブラウンは「二つの世界の衝突」と呼んだ。一つは街を捨てて郊外の安全な場所を求めた人々の世界、もう一つはその町で暮らし、死んでいく若者の世界だ。 果たして、このブラウンら街角委員会による大胆な活動は、暴力が蔓延する市街地でどのような結果をもたらすのでしょうか? その結果は第2回の後編でご紹介します。お楽しみに。