プロセスワークを活用した組織開発とコーチング ~バランスト・グロース・コンサルティング

商品開発リーダーシップ入門 第1回:イノベーションに必要なリーダーシップとは?2015年2月16日

2015年02月16日 新井 宏征 [バランスト・グロース マネージング・パートナー]

●もののけ的商品開発リーダーにならないために

今回から新たに「商品開発リーダーシップ」をテーマとして連載をしていきます。

この連載のきっかけになっているのは、私が翻訳し2015年2月に発売となった『成功するイノベーションはなにが違うのか?』です。

最近はいろいろなところでシナリオプランニングのことばかり話しをしていますが、この本を翻訳する前の2006年に『プロダクトマネジャーの教科書』を訳して以来、いろいろな形で商品開発のことを考え続けてきました。

プロダクトマネジャーの教科書』が出た頃は、商品開発というとMOTのような観点で、開発する側の技術の話しが多かったように思います。その後、ソフトウェア開発でアジャイル開発やリーンな開発という話しが盛り上がり、最近では「顧客のために開発する」という考え方が当たり前のようになってきました。

ただし、そういう分野に関心を持っている人の間で考え方が広がっているということと、それを実践できているということの間には、それこそキャズムのような深い溝があります。その溝を埋めようと、次々と登場する「一見」新しいツールに飛びついてはまた次のツールに飛びつきということを繰り返している人も目にしますが、残念ながらそれでは溝は埋まりません。

溝にはかじりかけのツールの残骸が散らばり、次第にその人は使えるツールを求めて彷徨いはじめ、手当たり次第に探しては見つからないことにしびれを切らし、その思いが怨念のようになり、しまいにはもののけ姫に出てくる乙事主(おっことぬし)のように祟り神となり、出てくるツール出てくるツールに「目新しいものはない」「これは以前に出た○○と変わりがない」と悪態をつくことしかできなくなってしまうのです…。

冗談のように書きましたが、少なくとも私の周りを見ている限り、そういう人は珍しくありません。では、彼らがそのような怨念から抜け出し、本当に顧客のためになるような商品開発ができるようになるためには、何が必要なのでしょうか?シリコンバレーで使われている最新の手法でしょうか?人工知能搭載の顧客ニーズ発見アプリが出るのを待てばいいのでしょうか?

もちろんそうではありません。必要なのは本人自体が変わることです。新しい手法や新しいツールが商品を開発してくれるわけではなく、商品を開発するのは他でもない人間です。つまり、単に新しい手法を持ち込めば良いというわけではなく、商品開発を行う人自体が新しい考え方を受け入れ、新しい考え方に基づいたリーダーシップで組織やチームのマネジメントを行うというのがより重要なのです。

●起業家的マネジメントとリーダーシップ

そういう点から、『成功するイノベーションはなにが違うのか?』の内容でまず最初に注目していただきたいのは、第2章で紹介されている「不確実な時代のリーダーシップ」です。この内容を踏まえずにツールの部分だけを見ても、それでは正しい理解につながりません。 特に重要なのが62ページで紹介されているこの図です。 innovation-leader-01.png この図は企業の中でのマネジメントスタイルが、製品の成熟度や売上によって同じではないことを示しています。単純化すると、製品の成熟度も十分ではなく、それに伴い売上も十分に上がっていない段階、つまり自社を取り巻く不確実性が高い状態と、そのような状況が安定し、不確実性が低くなった状態では別のマネジメントスタイルが必要になります(本書の後半では、その過渡期にはまた別のスタイルが必要だという話しがありますが、それは別途考えていきます)。

図にあるように不確実性が高い時期に必要となるのを「起業家的マネジメント」、不確実性が低い時期、つまり状況が安定している時期に必要となるのを「伝統的マネジメント」と区別しています。 目標を定め、その達成に向けて目標数値を各部門や部署に配分し、各部門や部署は、すでに確立されている仕組みの中で、どのように効率的に配分された数値を達成するかを考える。大まかに言えば、これが「伝統的マネジメント」がやることです。

しかし、新たに商品開発を行おうとする際には、多くの場合、確実なものはほとんどありません。むしろほぼすべてのものが不確実な状態です。自分たちが考えているようなものを顧客が必要としてくれるだろうか(需要の不確実性)、その商品やサービスをどのプラットフォームで届ければ良いだろうか(技術の不確実性)といったようなたくさんの不確実性をひとつずつつぶしていかなければなりません。そのような場合に「伝統的マネジメント」は無力です。むしろ、そのようなマネジメントが足を引っ張る形になり、新たな試みの機会を奪うことにもなりかねません。 そこで必要となってくるのが「起業家的マネジメント」です。「起業家的マネジメント」においてリーダーに必要とされるのは意思決定ではなく、不確実性をつぶすための実験を行うこと。そのため、人によっては、これまでとまったく異なるリーダーシップが必要になるのです。

本書で紹介されているツールをまとめたものを「イノベーション実現メソッド」と呼んでいますが、この手法を使って効果をあげる前提には、起業家的なマネジメントが必要となり、そのためには自らも失敗を繰り返していくような「実験者」となる必要があります。 このような前提を持って本書『成功するイノベーションはなにが違うのか?』をお読みいただくと、より本質的な読み方ができるのではないかと思っています。次回以降は、この前提に立ち、いよいよ『成功するイノベーションは何が違うのか?』を読み解いていきたいと思います。